番狂わせの草津町長選!その要因と遠因

草津町で番狂わせの政権交代が起きる!
2026年1月18日、全国屈指の人気温泉地・群馬県草津町で町長選挙が行われた。
結果は、元町議会議長で新人の宮崎公雄氏(66)が1,725票を獲得し、5選を当然視されていた現職町長・黒岩信忠氏(78)を1,617票、わずか108票差で破るという結末だった。
4期16年にわたり町政を率い、強いリーダーシップを誇ってきた黒岩氏。
観光客数は過去最高を更新し、「草津をここまでにしたのは自分だ」という評価も、少なくとも陣営内では疑われることはなかった。
選挙戦前、再選を危ぶむ声はほとんど聞かれず、敗北を想定していた者はさらに少なかった。
しかし、ふたを開けてみれば、両社譲らずの大接戦。最後に残ったのは元町議の宮崎氏だった。黒岩陣営にとっては「勝つはずだった選挙で、なぜ負けたのか」という説明の難しい現実だった。
午後9時半ごろ、落選が確実となり選挙事務所に姿を見せた黒岩氏は、「すべての責任は私にある。本当に申し訳ございませんでした」と支持者に頭を下げた。
敗因については、「多選、そして高齢であることが相手方の攻撃材料になった」と語ったという。
だが、有権者が突きつけたのは「年齢」や「回数」だけだったのか。108票差という数字は、慢心と読み違いへの請求書だったのではないだろうか。
16年続いた黒岩政権の終焉
これまで4期16年にわたり、草津町の行政のかじ取りを担ってきた黒岩信忠町長。
在任中、町の象徴である湯畑周辺の再開発を中心に、観光と景観を軸とした町づくりを推し進めてきた。
湯畑では、湯治広場の整備、茣蓙の湯・熱の湯の建て替えを実施。さらに、地蔵広場の再整備、町の玄関口となる温泉門と高架橋の建設、そこから湯畑に通ずる道路の整備など、来訪者の導線を意識したインフラ整備が行われた。
また、夜間の観光演出としては、湯畑、西の河原、地蔵広場のイルミネーション整備を導入。昼夜を問わず観光客を引きつける空間づくりは、写真映えやSNS拡散の面でも一定の効果を上げ、草津温泉のブランド力向上に寄与したとされる。
生活基盤の分野では、天狗山駐車場トイレの整備、こども園の創設、給食無償化、自分の支持者への融雪道の整備など住民向け施策も進められ、防犯対策としては、町内各所への防犯カメラ設置、さらに湯畑の様子を確認できるライブカメラの設置など、観光地ならではの安全対策が講じられた。
一方、温泉供給という町の根幹を揺るがしかねない事態も起きている。
万代鉱の配管破損による温泉供給量の低下が発生した際には、町内の地元企業が復旧作業の中心を担い、黒岩町長はその調整・指揮にあたった。関係各所との連携を取りながら、供給体制の立て直しに奔走した対応は、行政トップとして一定の評価を受けた。
このほか、町内道路の融雪工事なども進められたが、地域によって整備の濃淡があり、「観光エリア優先」「特定地域への配慮が目立つ」といった声が上がったのも事実だ。
こうした町政運営のもと、草津温泉は全国的な温泉ブームやインバウンド需要という時流にも後押しされ、年間入り込み客数400万人規模を記録するなど、数字の上では過去最高水準に到達した。
議会の変質――排除と沈黙が生んだ統治構造
黒岩町政を語る際、もう一つ看過できないのが、議会の人間関係と権力構造の変化である。かつて黒岩町長と町長選を争った故後藤元町議は、草津町の慣例を破って町長選に出馬した初当選時の最大のライバルだった。
選挙に敗れた後も再び立候補したが再選はならず、その後、仕事、人脈、金銭面での基盤を次々と失い、最終的には黒岩町長の軍門に下らざるを得なくなった。また、元側近の一人であった桜井元町議も例外ではない。
町政運営を巡る意見対立や税金問題をきっかけに距離が生じ、最終的には切り捨てられる形となった。
桜井氏本人だけでなく、その周囲の議員仲間も次の町議選への立候補を断念せざるを得なくなった。
さらに、今回町長に当選した宮崎公雄氏も、かつては黒岩町政と対立した一人である。泉水通りにおける新築旅館建設を巡る景観条例問題で意見が衝突し、その後の町議選では立候補を断念している。このように見ていくと、黒岩町政には、たとえ身内であっても、意見を異にする者は容易に排除する非情さがあったと受け止める町民は少なくない。
一方で、例外的な存在もあった。町議でも政治家でもない、観光公社職員であった時間湯の湯長、井田湯長である。
地蔵地区の湯治客と湯長の意向を振り切って進められた再整備において、強い抗議と対立が起こったいわゆる時間湯問題で、井田湯長は事実上の引退に追い込まれたが、町民の中には
「それほどまでに政治的影響力を持つ人物として恐れていたのではないか」と見る向きもある。井田湯長は、時間湯の地位向上と入湯客の立場に立った時間湯づくりに尽力した人物であるが、立場を超えてものを言える人物であり、湯治客のためならば政治的な言動もいとわなかい正義の人だった。しかし、町議でも政治家ではない人物にまで強硬な対応が及んだことは、黒岩町政に逆らうものはすべて排除の統治姿勢を象徴する出来事として記憶されている。
排除の果てに残った議会はどうなのか? 黒岩町長に異を唱える議員は次々と議会から姿を消していった。結果として残ったのは、町長に異議を唱えない議員たちである。
本来、議会に求められる
行政の監視
政策の是非を問う議論
首長権力への歯止め
といった機能は次第に形骸化し、町民の中には
「議会はイエスマンしかいなくなった」
「行政監視が失われた」と感じる者も増えていった。中には、「まるで中国共産党の独裁政治のようだ」と表現する町民すらいたという。
新井元町議という毒薬、完全勝利の黒岩町長だが
草津町で起きた一連の「虚偽告発事件」は、単なる個人間の名誉毀損事件にとどまらず、町政運営、政策判断、そして選挙そのものに長期的な影響を残した。
2019年11月、当時の新井祥子町議が黒岩信忠町長から過去に性被害を受けたと電子書籍『草津温泉 漆黒の闇5』において告発したことを発端に、草津町は全国的な注目を浴びることとなった。
全国的な報道フラワーデモなど象徴的な抗議行動が行われ、SNSで拡散された断片的情報が錯綜する事態となった。
結果として、民事・刑事の両裁判で告発内容は虚偽と認定され、新井氏は有罪判決を受けたが、その過程で町政が被ったダメージは決して小さくなかった。
事件が表面化して以降、町政は長期間にわたり「守勢」に回ることを余儀なくされた。観光政策、景観条例、温泉資源管理など、本来であれば積極的な議論が求められる分野でも、外部からの批判や施策においても慎重な判断が求められるようになった。
とりわけ、女性問題・人権問題という社会的にセンシティブなテーマと絡んだことで、町は「何をしても誤解されかねない」という空気に包まれ、結果として行政判断のスピードが鈍化したとの指摘がある。
町議会では、事件を境に対話よりも立場の確認が優先される構図が強まった。告発を「事実」と信じる立場と、「虚偽」と疑う立場が先鋭化し、政策論争よりも人物評価や感情論が前面に出る場面が増えた。
直接の争点ではなかった、しかし消えなかった記憶
今回の選挙戦において、虚偽告発事件は正面からの争点にはならなかった。裁判はすでに決着し、告発は虚偽と認定され、刑事責任も確定している。表向きには「終わった話」である。
しかし、有権者の意識は必ずしも法的決着と同調するわけではない。
一連の事件は「訂正」よりも「印象」として記憶に残りやすく、黒岩町政=あの事件の時代という無言の連想を、少なからぬ町民の中に残したのではないか、黒岩町長は完全に被害者である。しかし、もう有権者のあんな騒ぎはこりごりだという気持も影響し、波風を立てない人物を選択という空気を生み出していたのかもしれない。
議会の変質と選挙手法――排除、情報統制、そして時代との齟齬
黒岩町政を語る上で、議会構造の変化と並んで見逃せないのが、選挙を見据えた情報発信とその手法である。
黒岩町長は在任中、新聞折り込みや町の広報紙を通じて、自身の政策や成果を積極的に発信してきた。しかし選挙が近づくにつれ、その内容は町政報告の域を超え、実績アピールや反対勢力への批判と受け取られかねないものが増えていった。
公選法違反ぎりぎりではないかと受け止められる表現「町の広報」を名目としながら、実質的には首長個人の成果を前面に出した内容選挙直前まで続いた新聞折り込みの頻度である。
これらは新聞折り込みにとどまらず、町の回覧板にまで入れられ、配布された。
町民の中には
「これは行政広報なのか、選挙対策なのか」と違和感を覚えた者もいた。
生活応援政策と“見え透いた前倒し”一方で、黒岩町政下では生活応援策としての商品券配布が過去9回にわたり実施されている。物価高が続く中、町民にとってこれは実際に「助かった」という声が多く、政策そのものへの評価は高い。
しかし今回の選挙を前に、配布時期の前倒し、広報との連動が行われたことで、
「選挙を意識した動きではないか」
「さすがに露骨すぎる」と捉えられた可能性は否定できない。
善政であったはずの施策が、タイミングによって疑念を招いてしまった点は、結果的にマイナスに働いたとも考えられる。
情報統制には長けていたが…
黒岩町長は、各新聞社との関係構築や情報提供の巧みさでも知られていた。
どの情報を、どのタイミングで、どの媒体に出すか――情報をコントロールする能力には長けていたと言えるだろう。
その一方で、今回の選挙では、新人の宮崎公雄氏がYouTubeなどのネット媒体を活用し、従来とは異なるアプローチを見せた。結果として、紙媒体・折り込み中心の黒岩陣営ネットを使った宮崎陣営という対比が生まれたが、ネット戦略においては、黒岩陣営が時代の変化にやや乗り遅れていた印象は否めない。有権者4884人の町で起きた「静かな拒否」高齢者が多い町とはいえ、「多選」「78歳という年齢」
に対する拒否感が、特に若い世代を中心に広がっていた可能性はある。
また、旅館業出身の宮崎氏は、「旅館から町長へ」という草津町の伝統的な系譜に連なる人物でもあり、その点では“主流派”として受け入れられやすい側面もあった。
宮崎氏本人への評価は決して高いとは言えないものの、町民の中には
「宮崎が良いというより、今の町長よりはまし」
「これ以上同じ体制が続くのはどうか」という消極的選択をした層が確実に存在したとみられる。僅差108票が示したものこうして振り返ると、今回の町長選挙は
排除によって変質した議会
行政と個人の境界が曖昧になった広報
善政であっても疑念を招いたタイミング
時代との微妙なズレ
これらが積み重なった末の、108票差だったと見ることもできる。それは宮崎氏への積極的支持というより、黒岩町政への「これ以上は違う」という静かな意思表示だったのかもしれない。
時間湯問題と「温泉文化」――草津が自ら手放したもの

黒岩町政の影の部分を語る上で、もう一つ決定的に触れなければならないのが、時間湯の事実上廃止が、群馬県および国が進めてきた「温泉文化」の世界無形文化遺産登録構想に与える影響である。
令和7年11月28日、文化庁の文化審議会無形文化遺産部会において、「温泉文化」は、令和7年度のユネスコ無形文化遺産への新規提案候補として正式に選定された。同日、無形文化遺産保護条約関係省庁連絡会議でも提案案件として了承され、日本としては令和12年ごろの登録を目標に、本格的な審査プロセスに入る見通しとなっている。
この「温泉文化」は、単なる入浴行為ではなく、自然の恵みである温泉を共同体の中で分かち合い心身を癒やす社会的慣習。として定義されており、その核心には「長い時間をかけて地域に根付いてきた入浴様式」や「担い手によって継承されてきた実践」がある。
群馬県はこの流れを主導する立場にあり、「温泉文化」ユネスコ無形文化遺産登録を応援する知事の会(事務局:群馬県)は、有識者による検討会を設け、温泉文化の定義、担い手、保護措置に関する調査研究を進めてきた。
その成果として公表された『ユネスコ無形文化遺産登録に向けた日本の温泉文化についての調査報告書』は、文化庁の公式資料としても位置づけられ、登録審査における基礎資料として活用されている。
日本の温泉文化とその担い手
https://www.pref.gunma.jp/uploaded/attachment/678542.pdf 【群馬県HPより】
草津が持っていた「切り札」
ここで皮肉なのは、草津温泉こそが、この「温泉文化」を体現する最重要地域の一つだったという事実である。なかでも、湯治という長期滞在文化、共同入浴を前提とした入湯作法。湯長による温度管理と儀式性を色濃く残していた時間湯は、全国的にも類例の少ない、「温泉文化」の象徴的存在だった。
もし時間湯が継承され、形を変えながらも「生きた文化」として存続していれば、
草津は温泉文化ユネスコ登録における“顔”、日本を代表する実例として、圧倒的な説得力を持ち得たはずである。しかし、草津はそれを自ら閉じた。
黒岩町政下において、地蔵地区再開発をめぐる反対運動への対応の一環として、時間湯は突然廃止され、伝統湯」へと移行された。湯長は事実上引退に追い込まれ、湯治文化の担い手は断絶した。形式上は「保存」の名が与えられたが、実態は、湯治客のいない展示的施設、無料提供から有料化への方針転換、という、文化としても、観光資源としても中途半端な存在となっていった。
「担い手の存在」
「実践としての継続性」
という観点から見れば、これは明らかに後退である。群馬県が県を挙げて「温泉文化」を世界に押し出そうとする一方で、その象徴になり得た草津町が、
最も重要な文化要素を自ら断ち切っていた。この矛盾に、違和感を覚えた関係者は少なくない。時間湯の廃止は、単なる施設運営の問題ではなく、文化政策としての判断
世界に向けた説明責任、未来への継承意識、これらを欠いた決断だったと言われても仕方がない。
今回の町長選挙において、時間湯そのものが争点として前面に出たわけではない。
しかし、伝統を軽んじたのではないか、観光の数字だけを追ったのではないか、草津らしさを失わせたのではないかという不満や違和感は、確実に町民の中に蓄積していた。それは、
排除によって変質した議会
広報と選挙の境界が曖昧になった町政
そして、文化より効率を優先した判断
これらと重なり合い、108票という数字となって現れた可能性がある。
こうして振り返ると、黒岩町政の終焉は、単なる政権交代ではない。それは、16年続いた強いリーダーシップの限界。時代とのズレそして、草津が本来持っていた文化的優位性を手放した結果でもあったのではないか。
町はこれから、新町長・宮崎公雄氏の時代において、政治・文化の側面から改めて未来に向けての方向性を問い直すことになるだろう。
草津町政の転換点
宮崎公雄(みやざき・きみお)氏は1959年、群馬県草津町生まれ。草津小学校、草津中学校を経て、東京農業大学第二高等学校を卒業。拓殖大学短期大学部、東京観光専門学校で観光分野を学び、在学中にはスイス研修も経験している。
1983年から株式会社ホテルみゆきに携わり、現在は代表として「ホテルみゆき」「みゆき別館」など草津温泉の旅館経営を行っている。観光業の現場に長く身を置き、地域経済と観光振興に直接関わってきた。
政治面では1991年に草津町議会議員に初当選。以後2022年まで8期32年にわたり町議を務めた。議会では議長、総務常任委員長、監査委員、公営観光事業対策特別委員長、温泉温水対策特別委員長など主要ポストを歴任し、町政運営の中枢に関わってきた。
また、消防第二分団長、草津温泉観光協会理事、草津温泉旅館組合副理事長・理事、草津町商工会理事などを務め、観光・防災・商工分野を横断する地域活動にも携わっている。
長年の議会経験と観光業の実務を併せ持つ点が、今回の町長選で評価されたとみられる。
「対話」と「町民力」を掲げた宮崎町政は、草津を変えられるのか
新町長・宮崎公雄氏が打ち出した町政ビジョンの中心にある言葉は、「町民力」と「対話」である。
温泉・自然・文化という既存の観光資源に依存するだけでなく、人口減少や少子高齢化という構造的課題に、町民参加型で立ち向かう姿勢を明確にしている点は、16年続いた前政権との差異を意識したものだろう。
もっとも、「町民が主役」というフレーズは地方行政において決して新しいものではない。
問われるのは、それが理念にとどまるのか、制度と予算に落とし込まれるのか、という一点に尽きる。
教育政策――理想は高く、現実は重い
小中一貫教育やICT活用、教師の働き方改革といった教育分野の施策は、国の方向性と軌を一にしており、特段の突飛さはない。一方で、関係者の合意形成が不可欠なテーマを複数同時に進めようとしており、町の規模を考えれば調整コストは決して小さくない。
特にタブレット活用については、「配ったが使われていない」という全国共通の課題を正面から認めている点は評価できるが、環境整備と人材育成にどこまで踏み込めるかは未知数だ。
子育て・人口対策――「正論」の先に踏み込めるか
経済的支援、公園整備、防犯、移住定住促進と、現役世代向け政策は一通り出そろっている。ただし、どれも「必要だが決定打になりにくい」施策であることも事実だ。
給付型奨学金や移住支援は歓迎される一方、人口減少という長期トレンドに抗うには、雇用・住宅・教育を束ねた戦略性が求められる。
個別施策の寄せ集めに終わるのか、一本の線として機能するのかが試金石となる。
高齢者政策――現実を見据えた現実解
高齢者見守りやAI活用といった分野では、比較的現実的なアプローチが目立つ。
「支援が必要になる前に何ができるか」という視点は、財政制約のある町にとって理にかなっている。
一方で、AI機器導入などは費用対効果やプライバシーへの配慮が不可欠で、町民の理解を丁寧に得るプロセスが欠かせない。草津町は依然としてDX化が浸透していない町であるが故、民生委員との協力、ボランティアの確保など、どこまでアナログとの融合ができるかがカギとなるだろう。
結局、問われるのは「実行力」宮崎町長の政策全体を貫くのは、「聞く政治」への回帰である。
強いトップダウン型だった前町政への反動としては分かりやすいが、対話を重ねるほど意思決定は遅くなるというジレンマも抱える。町民力をどう引き出し、どこで線を引くのか。4年間で成果を示せなければ、前町長の再登板を含め、再び町政は流動化する可能性も否定できない。
「変える」と言うのは簡単だ。難しいのは、「変えた」と数字で示すこと――宮崎町政の真価は、そこにかかっている。
多選の終焉と次の4年間の重圧
4期16年にわたり草津町政を率いてきた黒岩信忠前町長は、湯畑再開発を核に、湯治広場、茣蓙の湯、熱の湯の建て替え、温泉門や高架橋整備、地蔵広場の再整備など、観光とインフラの両面で町の姿を大きく変えた。在任中、観光客数400万人を記録したことは象徴的な成果であり、時流に乗った施策展開が功を奏した面は否定できない。
万代鉱の配管破損による温泉供給低下という非常事態では、地元企業と連携し復旧対応を指揮。湯畑イルミネーションや防犯・監視カメラ、ライブカメラ設置など、観光演出と安全対策を両立させた点も評価されてきた。
一方で、町政後半は統治手法への疑問も強まった。新聞折り込みや町広報を通じた度重なる実績アピール、反対勢力への批判的表現は、行政広報と政治活動の境界を曖昧にした。商品券配布を含む生活支援策も町民には歓迎されたが、選挙直前の前倒し実施は、選挙対策と受け取られた可能性がある。巧みな情報コントロールの裏で、町政の閉鎖性や多選への疑問が漂っていた。
また、数年前から続いた虚偽告発事件の影響を無視することはできない。事件そのものが直接の敗因とは言い切れないものの、全国的な注目と長期化は町政を防御的にし、説明に追われる時間を増やした。その結果、有権者の間には言葉にされにくい「疲労感」が蓄積していった。事件が町長を倒したのではないが、町政の文脈を変え、その文脈が選挙結果に影を落とした――そうした間接的因果関係は否定できない。
そうした空気の中で誕生したのが、新町長・宮崎公雄氏である。旅館経営者として草津観光の現場を知り、32年に及ぶ議会経験を持つ一方、決して万人受けする人物ではない。それでも「現状維持より変化を」という消極的支持が、わずか108票差という結果を導いたと見る向きは多い。
ただし、この選択は白紙委任ではない。宮崎町政に与えられた時間は実質4年間のみであり、温泉施策、教育、子育て、人口減少対策といった生活に直結する分野で、明確な成果を示せなければ、再び政権の座を失う可能性は高い。草津町は有権者数4884人の小さな自治体であり、評価は早く、手厳しい。そこに108票差の信認という現実がついてまわる。
さらに見逃せないのは、敗れた黒岩前町長の再登板の可能性である。僅差の敗北は「完全否定」ではなく、依然として一定の支持基盤が残っていることを示している。新町政が迷走すれば、経験と実績を武器に再び表舞台に戻るシナリオも現実味を帯びる。
草津町は今、多選型リーダーシップの終焉と、短期決戦型町政への移行期にある。
この4年間は、新町長にとっては試用期間であり、前町長にとっては再起のための待機期間でもある。
町民が下す次の審判は、すでに始まっている。
草津町長選、仁義なき戦いの幕開け

来年の町長選!早くも乱戦が始まる。

権力構造が分かりやすいで有名な温泉地、草津町がお届けする町内のお話です。
6月から8月にかけて、町の回覧板、新聞の折り込みを通じて、草津町町長、黒岩信忠氏からの大本営発表が立て続けに連投されました。これは、来年の町長選への布石なのか、単に自分の自慢をしたいだけなのか。そのあたりを考察していきたいと思います。
上に掲載した草津町長発行の『町民のみなさまへ』は新聞折り込み、町内の回覧板を通じて、配布された町の広報です。
今回の折り込みの内容は、これまでの町長の在任期間で自分が行ってきた政策、施策、いかに自分が頑張ってきたかのアピールが書かれています。
文体は、町長が自ら町民へかたりかけ、16年間自分がどんな政策を進めてきたか、分野別に分け、A3二つ折り4面に余すところなく書かれているます。
ほとんどの町民は、これを最初から最後まで読む人はいないでしょうが、その分量と熱量は相当なものがあることがうかがえます。
この黒岩町長は承認欲求が強く、常に自分の実績を自慢したい傾向にあります。権力志向も強く、ある意味リーダーの資質は備えている方ですので、連続したt投稿といかに自分が優れた人物かを語るにはこの膨大な文量が必要なのかもしれません。
対抗馬の宮崎公雄元町議、政策アピールチラシを配布中

方や対抗馬と目されている宮崎公雄もと町議は、長年町議を務めたホテル経営者です。兼ねてから、次期町長候補ではと噂されていた方で、長期政権となった黒岩町長のもとでも、黒岩町長に切られたS議員と同様に、右腕として働いていました。
しかし、先にお伝えした泉水通りのNグループのホテル建設計画で対立し、先の町議選には立候補しませんでした。
何があったかは先の当ブログの「黒岩町長と旅館議員の権力抗争。終わりなき戦い。」に詳しく書きましたが、要約するとこの宮崎元町議の経営するホテルの近くに7階建てのホテル建設が予定されていました。それを不服に思った議員を集めて、景観条例に沿った計画見直しを陳情という形で議会に出しました。
これに怒った町長は、景観条例の施行規則や議会の解散の行使をちらつかせて、計画に沿った形でのホテル建設がなされたという事件です。
黒岩町長は、特に自分の政策に反対する者には容赦なく、徹底的に叩き潰します。
この一見でも不孝を買った宮崎議員とは袂を分かつ結果となりました。
そんな宮崎元町議ですが、今夏は政策ビラを町内に配布し、来年の町長選に向けて積極的に動いているということです。
もともと草津町は、歴代のホテル経営者が町長となってきた町です。その流れからも、宮崎元町議が立候補するのは流れと言えます。
今の黒岩体制が16年も続いていることは、異常事態とも言えます。
町長という立場の権力行使の仕方と問題点

今回の町長から町民への折り込みは、歴代折り込みの課でも異例中の異例、都合6回にも及ぶものでした。
ひとつは、景観条例によるホテル建設計画の正当性を主張するビラ。そのほかは町長の16年の在任期間に行ってきた自分の実績です。宮崎議員のビラに呼応するように、いやそれ以上に町民へのお知らせとして、ビラを配りまくりました。
ただ、その手法が、町民に町の施策をお知らせするという形で自分の実績をアピールしています。
黒岩町長のことですから、公選法にかからないように法的根拠を予め弁護士と相談してだしているのでしょうから、理論武装は完璧でしょう。しかし、町の予算を使い自分の実績を町の後方を使ってやる手法は現役ならではの公権力の使い方です。
皆さんも、どこかの市町村の首長になられたら、見習ってみましょう。
しかしながら、問題も多分にあります。回覧板での配布は「町の公式手段であり」公費で行われます。まさか、私的費用で回覧板に出すことはないでしょう。
本来は行政除法を伝達するのが、回覧板の役割なのにこじんんお経歴や、実績は行政情報を逸脱した”私物化”の疑いがあります。
学歴の公開も単なるプロフィールの紹介はアウトではないものの、”町長としての資質”
能力の照明を強調し、次の任期を意識させる形なら選挙運動の色が濃くなります。
学歴や生い立ちを公式広報に出す必然性が薄いため公私混同と取られかねません。
そうであるなら、住民監査請求や情報公開請求の対象であり、問題として取り上げられてもおかしくはありません。
まとめ
9月6日に黒岩信忠町長が正式に立候補を表明しました。
6月の出した折り込み、景観条例による対立候補との確執は令和4年の話ですが、令和7年6月の折り込みで発表しました。
その後、6月から8月にわたり、新聞、回覧板を使い町長名で折り込みを5回実行。
9月に正式立候補と分かりやすいくらいわかりやすく選挙対策が実行されています。
対立候補の宮崎議員も顔写真入りでのパンフレットの配布が選挙違反につながる可能性もあります。
しかしながら、町の政策のお知らせを逸脱した、実績アピール、経歴の掲載、それを繰り返し広報に載せるのは、行政目的を逸脱した私物化が疑われます。
法律的な解釈はさておき、客観的にみて、戸別に1回配布されるのと町の回覧板、新聞折り込みを公費で書けるのは不公平な宣伝であり、公平性を欠くように見えます。
16年の実績がこうした行為が許されるのであれば、70代後半になり町長のおごりと、老齢による衰えが進んでいると解釈されても致し方ないかもしれません。
現職が選挙に強いとはこういう事例があるからかもしれませんが、黒岩町長は行政の私物化と公平性の欠如という点については、誰からか指摘される可能性はありそうです。
黒岩町長と旅館議員の権力抗争。終わりなき戦い。
最新、草津町の大本営発表がありました。
戦争大好き草津町からお届けする黒岩信忠町長名で出された新聞折り込みが、またもや町内に入りましたので、全世界の皆様に”お知らせ”いたします。
旅館と町長との対立、また政争の勃発。
今回の折り込みは、草津町の泉水通りに建設された、6階建ての湯畑泉水ホテルに対して、景観計画ガイドラインに抵触しているとして、ホテル経営者の議員が中心に、町の住民の立場で、計画見直し指導を町政に要求する請願書が、令和4年9月の議会で提出されました。
この請願は、初め先の委員会の審議において、不採択1,採択1,継続審議2となり、継続審議となりましたが、継続審議となると建設計画が進み、請願の内容が達成されないとして、議会による即時採択の決議が議長より行われました。
これを受けて、黒岩信忠町長は採択前に発言を要求。議員の採択はあまりに法律を無視し、受け入れがたい内容として、もし採択された場合、行政による一般再議にとどまらず、町長権限で特別再議、そして議会解散をせざるを得ないと議会と真っ向から対立しました。
町長の答弁後、請願の中心たる宮崎公雄議員が一旦、休憩をはさんで再度協議を求め、その後、議会決議の結果、非採択となりました。
これが令和4年9月の議会で起きた事件の概略です。
今から3年前のこの令和4年9月9日の議会の内容を踏まえて、今回の令和7年6月吉日の、黒岩信忠町長による”お知らせ”新聞折り込みです。
この黒岩信忠町長のお知らせの全文は下に掲載していきます。ご覧になりたい奇特な方は、内容をご覧ください。
詳細の解説に入る前に、草津町では、全国に類を見ない町長の折り込み文化の背景と今回の折り込みに対する印象を、まだご存じない方のために触れていきます。
政争が勃発する背景
草津町は人口6000人の草津温泉で有名な群馬県にある町です。おもな産業は観光業で議員はホテルの経営者も多く、町長自身は黒岩プロパンという会社を経営するほか、湯畑にも地所を持っています。政治的対立は日常茶飯事であり、長年町長を務めてきている黒岩町長は、自分と意見を異にする者、敵対する者を政治的失脚や廃業に追い込んできました。これは議員に限らず、一般町民にまで及びます。こうした背景の中、効果的に作用するのが、この新聞折り込みです。草津町は高齢者も多く、新聞購読率も比較的高く、旅館や店舗、事業所などはかなりの課率で新聞を取っているので、町の有力者への影響力や脅しとして効果満点です。
そしてそれを熟知しているのが黒岩町長であります。
今回の折り込みもそうですが、黒岩町長の折り込みの最大の特徴は、町民に読ませる気が”毛頭ない”ところです。日本語も稚拙で、表現下手。書き方も主体、客体が分かりずらく、また法律用語をわかりやすく伝えないので冒頭から読む気が失せます。
前提知識のないものは何を言っているのかわからず、”そもそも論”で読みたくないと思わせる書き方です。
では何故、この折り込みを出すかと言えば、ひとつは、自分の成果と正当性を町民にアピールするため、対立軸をあおり政治的脅しをかけるため。
そして今回に限っては次回の町長選への布石と捉えることができます。町長選は来年の1月に予定されているので半年を経た時点での折り込みとして、令和4年の9月の議会の内容を折り込むとするのは必ず政治的意図があります。
文章を見ていきますと、まず自己満足の法律論をぶち上げ、自分がいかに法にてらっし合わせて正当な主張をしているか、相手は法も分からないあるいは、違反している悪者としての軸を作ります。その上で相手を徹底的に非難し、自分がいかに優れているかを強調します。
そして自分に利のある意見を取り上げ賛同が得られていることをアピールして草津町への貢献を約束する。こうすることで誰の反論も許さず、攻撃の芽を摘むことに成功しています。
そして町長在任期間中に、数々のお知らせが入っており、効果のほどは言わずもがなです。
つまり、草津町への折り込みは、読ますのが目的ではなく、自分の自慢と威光を庶民に見せつけるための手段です。
折り込み本文と概要説明
本文
お知らせ 令和6年吉日
黒岩信忠
草津町は平成26年10月1日付けで施行されました景観計画の「高さ」を見直しいたします。理由は現状のまちづくりにそぐわないと判断しました。
第一、「景観計画に沿ったまちづくり」
1 景観法・景観計画に基づくまちづくりは、前町長時代にスタートした事業です。まちづくりのコンサルタントと設計事務所が起案して、景観審議会で審議をしていただき答申を受けたものです。審議会の皆様には慰労と感謝を申し上げます。
2 制度は民間が主体になって進める事業で、成案になった内容の報告を受けましたが、コンサルに「既にある12階の扱いをどうするのですか。」と尋ねると、「町長、高さ制限は指導要綱みたいなもので、法的拘束力はありませんから大丈夫です。」と答えました。厳密にいうと指導要綱と景観計画は違いますが、高さ制限についてはどちらも法的拘束力はありませんのでそれを受け止めていました。
3 令和4年西の河原地区に新たなホテル建設計画が持ち上がり、ガイドラインの解釈がクローズアップされました。同地区では、街並み環境整備事業の補助制度、(国1/3、町1/3、個人1/3)の認定を受けるには、地域住民の2/3の署名が必要とされ、その署名が取られました。それにガイドラインとして「建物の回数は2階または3階とする・やむを得ず4階とする場合は、、、」の地域協定をつけたようです。
4 街並み環境整備事業は強制力がなくあくまで任意です。国と町から補助金が受けられる制度で、参加しなくでもペナルティはありません。湯畑地区では後追いで参加署名をして補助金を受けた事業所があります。
5 景観計画・待ちなみガイドラインに「景観まちづくり」は、本来、行政による「規制」の枠をはめて強制的に動かすものではありません。」と書かれています。当然のことです。
6 また草津町景観まちづくり土地開発事業等指導要綱第10条2について、町長は草津町景観審議会、町議会に諮問と書いていますが、「する」ではなく、「することができる」規定になっています。強制力はなく上級法との整合性に矛盾が生じ削除されています。
7 絶対的高制限をかけようとしたら、都市計画法の「第一種・第二種低層住居専用地域」および「田園住居地域」にすれば10mまたは12mの高さ制限をすることができます。もちろん旅館等は建設不可になります。
8 草津町の中心街に行き過ぎた規制をかけることなどできるはずがありません。また町民は望んでいないと思います。
9 そもそも論で当該地区は都市計画法の商業地区になっており、商業を発展させようとするエリアで、そこに低層の規制をかけることが矛盾しています。同地区に景観計画で「地上6階以下を原則とする」と書いていますが、法律が及ぶとすると「6階以下とする」と書くはずです。断言して書けない、書いても強制力がないのです。都市計画法、建築基準法等に反しない限り6階以上も可能なのです。
10 では6階以下と書く意味がないかというと、そうではありません。効果はあります。湯畑周辺度9階(現5階)を打診してきた業者がいましたが、町は認めないと通告したら構想を変えるようです。6階以下になると思います。
11「公法上の規制」としては建築基準法や都市計画法等がありますが、「私法上の規制として」民法があります。民法には相隣関係の法理があります。民法234条(境界線からの距離)234条(目隠し)709条(不法行為責任)等があります。
12 民法に規定されいる通り相隣関係問題は行政が指導したり介入することは基本的にはできません。これらの問題は当事者間で解決するもので、折り合いがつかなければ民事調停や裁判によって解決することになります。
請願内容
旧せんなん荘跡地の6階建て建築計画について反対を求める請願書について審議
事業者が計画する旧せんなん荘跡地に6階建て建築物が景観街づくりの協定に反するため景観街並みガイドライン、またそれに基づく景観街づくり協定順守の指導を行政に強く求めることと大規模工事の届け出の審査において景観審議会の意見聴取を強く要望するものというもの。
審議に先立ち当局から景観法や景観街づくり条例に沿った事業に関する届け出の流れや景観条例施行規則、草津町景観計画、土地開発指導要綱の内容について資料を用いたうえでの説明がありました。町長からはこの請願における要望内容は行政の権限の範疇にまで入り込む請願であり、町としては行政としての指導等は何ら履行できないとの説明がありました。また景観街づくりガイドラインは行政による規制の枠をはめて強制的に促せるものではなく住民間で決めた道徳的なルールであり、仮にこれを守らない業者がいても法的に行政が開発を阻止するすべはなく行政が条例等に明確な基準を入れた場合、個人の財産までも制約してしまう恐れがあるとの見解が説明されました。
本請願の各紹介議員からも補足説明がなされ、各委員からは町が街並みガイドラインの順守を指導ができないならばそれを記載した冊子は意味をなさないのではないか。大規模建築物も追加基準に該当するのではないか、同意書の取得時に説明が不明瞭であったはないか、ガイドラインは住民が決めたこととはいうが、議員は住民の代表であることから町が何もしていないと思われることは避けた方が良いなど、様々な意見が出されました。当局からは法例やガイドラインの見解の相違があるとの指摘がありましたが、各委員からは今回のこの請願が今後のまちづくりの推進にあたっての前例になることが懸念されること等から、行政に双方の間に入ってほしい等の要望もだされました。慎重審議の結果、採択1人、不採択1人、継続審査2人となり、党委員会としては継続審査としました。以上、請願にかかる総務・観光常任委員会 委員長報告といたします。
要約
町の景観計画・街並みガイドラインには法的強制力はなく、あくまでお願いレベルである。商業地域における6階はガイドラインに合致しており違法性はない。ではガイドラインが機能していないかと言えばそうではない事前協議や法的審査はあるので機能している。しかし、あくまで景観を守ることは民間が主体であり、トラブルもあくまで当事者間で解決するべきことだ。
ここでのNホテルはこちらです。


ポイントは、このNホテルが街並みガイドラインの法的側面の適用内であり、建てることに違法性がないため、行政として反対できない。故に請願書の内容で建設を反対することが違法となると町長は解釈している。
しかし、賛成議員としては町民としての立場から、景観ガイドラインの基準を損ねる大規模な建物はこの西の河原通りにはそぐわない。建築の見直し及び是正を要求するという立場を貫いている。
反対町議はおそらく自分たちの商売に影響が出かねないと思ったのでしょう。またこの西の河原通りには、通りに面したところで6階建ての建物がないことも事実です。そうした点も踏まえての請願だったのでしょうが、法律論で負けていては甘い見通しだったと言わざるを得ません。事前審理に決着がつかなかったから、議場に持ち込んだのでしょうが、町長が一枚上手でした。
しかし、町長にも突っ込みどころがあります。この文面を見ての話で、詳しいことは記載されていないのでわかりませんが、
補助金制度の活用の部分の住民署名の付託文章、「2階、3階、もしくは4回を立てる場合・・・」この部分がもしかすると反故になっいる可能性はありませんか。もし署名人の意図に反する建築がなされたとしたら、補助金の差し止め、あるいは補助金を出さない等の選択もあったはずです。それでも建設が進むのであれば反対の余地はありませんが、少なくとも議論の余地はあるはずです。
本文2
第二、「過去の草津町議会の対応について」
1 令和4年9月9日の草津町議会で西の河原地区ホテル新築問題が大きく取り上げられました。請願書ですが紹介議員6人(のちに2人取り下げ)による請願書が審議されましたが、請願書は憲法16条に規定され、地方自治法124条による請願書に手続きが書かれている重い制度です。
2 すでに述べた通り、本来、民間同士で解決すべきものですが、あえて議会に持ち込み、問題を大きくしたのです。揉め事の責任は町長に押し付けたと言わざるを得ません。当時の議会(ほぼ過半数)は請願書を採択するため綿密な事前打ち合わせをしていたようです。
3 町行政は、請願の内容は景観計画に反していると再三再四資料を添えて説明しましたが、資料をあまり見ることなく結論ありきで聞く耳を持ちませんでした。
4 最後は問答無用で、直ちに採択をと宮崎公雄議員から声が上がりました。異常ともいえる行動に、町長は採択を強行するなら再議に付すると宣告、再議に付して、さらに請願書を採択したならば町長不信任と受け止め、議会を解散することも辞さないと警告しました。
5 それに対し、宮崎公雄議員から「町長から再議ということですが、突然言われてこちらも対応できません。ここで一旦休憩を取っていただきたい。」との発言があり、議員控室で対応を協議していました。
6 請願が採択になると手続き上、議長から町長に議会の意思として通達されます。受けた行政はこの請願について議会の決定に従うことはできません。法令を無視する議決に行政が従えるはずがありません。それを承知で仕掛けてきたものです。
7 車の両輪のように進んでいた行政と議会が対立する、亀裂が入る、それを目論む者に都合のいい状況に持ち込んだのです。政策、政治理念の違いで対立するのは健全な議会と行政の関係で何ら問題なく、むしろ議会のあるべき姿です。しかし法治国家の草津町議会が法律を無視する。また対立を望む者の思惑にしてはならないと強い姿勢で臨みました。町長に、「解散」の言葉を発せさせた当時の議会、何かに取り憑かれているような雰囲気でした。誤解のないように付け加えますが、現在の議会は全く違い町民全体の奉仕者として活躍しております。
8 当時の議会は町長の警告に請願書を不採択にしましたが、これにより町長黒岩は悪者にされ、世話になったホテル側を切り捨てた恩知らずのレッテルが張られました。画策する者の思う壺になったのかもしれません。
9 民間同士のトラブルを利用して議会と行政の対立を図り、今になっては町長選挙のネタに利用した思いがあります。
10 ホテル旅館関係者の間では、町長黒岩はルールをゆがめNホテル側に一方づいていた。強権的だ等、誹謗中傷する風説がまことしやかに言われています。流布している者の「人として」が問われることです。
要約
請願が議題に上がり、委員会での継続審議を破棄して、即時採決を行おうとしたところで、町長が特別再議の発動と議会解散を示唆し、不採決になった。
議会と行政は車の車輪のように進むものでやみくもに対立するものではない、さらに裏で議員をそそのかしている黒幕がいることをほのめかし、議会は何かに取憑かれているかのようと述べている。町長はホテルへの恩知らずのレッテルを張られ、誹謗中傷されたのは、この第三者の黒幕のせいだ。
ここも色々と突っ込みたい部分があります。
特別再議とは町長の持つ権限で、地方公共団体の議会が決定差決議に対して、町長が異議を唱えてもう一度議会で審議してもらうよう求める制度です。
しかし、請願の採択は議会の意見表明にすぎず、法的拘束力がないので再議の対象にはならないと思います。町長に請願そのものに対する拒否権はありません。
特別再議において、行例、予算、契約など明確な違法性や公序良俗に反する行為について、議会が違法または著しく不当な議決をした場合(今回のケースはおそらくこれ)に権限が発令されます。しかし、請願は町長が守る強制力はなく、採択されても拒否をすればよいので、議会に対して特別再議の発言をし、議会解散まで言及するのは議会を脅迫している印象ですし、実際に特別再議はできません。
また、雲行きが怪しくなるのは、議会のこの請願は裏に黒幕がいて、自分の評判を貶めるために議員を使い誹謗中傷をしたという発言です。
これは、本当に良くない。仮に誰かに吹き込まれたにせよ。町民の税金を使って出した折り込みについて、各省のない陰謀論を流すのはさすがに町の長のやることではない。また、議会はその誰かの傀儡のような印象操作をするのも、ディープステートを信じているぐらいの陰謀論でそれを町民の税金を使ってばらまくものではありません。
事実のお知らせだけで済むところを感情論と憶測を付与して町のトップが流布するのは、噂を流すのもも楽的に言えば、目くそ鼻くそです。
第三、「町長の対応」
1 町長は政治家と行政間の立場にあります。政治家として公平に両ホテルのトップと会って何とか折り合いがつかないか町政の努力をしましたが、解決できませんでした。町民同士がいがみ合う姿を見て本当に悲しく思いました。今まで誰に対しても、何度とも分け隔てなく公平に取り組んできましたが、知らず知らずのうちに歪曲される世相に怒りより悲しみを覚えます。
2 しかし、行政間の立場になればコンプライアンス、法令順守で臨まなければなりません。なぜ譲れないのか、行政が感情を優先して法令をないがしろにすれば後々まで言われ、外からは治外法権の草津町と揶揄もされレベルを疑われることになります。
3 議会は草津町の最高意思決定機関です。それ故に議会に目を覚ましてもらうことにありました。町長黒岩は27年間、町議を務めた立場であり、先輩からレベルが高いと言われた草津町議会を誇りに思っていました。議会の恥をさらしたくなかったのです。
4 また議会提出資料を深夜までかかり作ってくれた職員のやる気をそぐことにもなり、「無理が通れば道理が引っ込む」昔の「派閥政治」に戻してはならない強い信念で妥協しませんでした。
5 当時の議会は、公法、私法を都合よく混ぜていたと言わざるを得ません。まして町議会が民間同士のトラブルの黒白を多数決で決めることなどあってはなりません。
6 当該ホテル問題、両当事者の言い分主張があるでしょう。誰も非難することなどできません。責められるのは事を利用して煽った第三者です。
要約
民間同士のホテルの争いであるから、政治家として調停はしたいが、行政の長として法令順守をしなければならない。そうしなければ法律を守れない町として揶揄されかねない。議会に対しては第三者の者により操られており、目を覚ましてもらうことが目的でだった。議会の恥をさらしたくないので強く出た。当時の議会は公法、私法が変わっておらず、おかしかった。それも非難すべきは第三者。
陰謀論が継続しています。第三者に操られる議会はレベルが低いと町長自ら語っていますが、そもそもそれは議会の冒涜ではないのですか。確かに、就職議員だの御用聞き議員だのと噂はありますが、身内の恥をさらしているのは町長自身だと思います。
議員も、議員で請願書を出したはいいが、しっかりと法的根拠で論破できず、第三者に操られていたといわれる始末。レベルが低いと言われても反論できないのではないでしょうか。
そして、町長は、非難してきた請願書の賛成議員は第三者の被害者であり、草津の昔にあったホテル同士の争いの中での派閥争いに戻してはいけないと語りますが、今は、G議員、S議員、M議員とかつて仲間だった議員を次々と葬り去ったことにより、政策的にすら逆らうものがおらず独裁政権と噂される体制も気にしているのでしょう。
第四、「景観法施行以前の建築物について」
1 各地区(湯畑地区、西の河原地区、滝下通り地区、中央通り地区、地蔵地区)の高さ制限について、見直しがされます。
2 現状の高さ制限:「地上6階以下を原則とする。」になっていますが、改訂されると下記のように既存建物のみについて現状の高さを認めようとするものです。
3 改正の高さ制限:「地上6階以下を原則とする。」ただし、草津町景観まちづくり条例ないし本計画の施行または適用の際、現に存する建築物で地上7階以上の物(以下「既存不適格建築物」という)については、この限りではない、に改める。
4 註)建築物の高さに関する景観形成基準の適用について、既存不適格建築物の増築、建て替えに際しては、地上6階以下を原則とする。ただし、既存不適格建築物の区分所有の所有権を侵害する等の特別の事情がある場合は適用しないことができる。この場合において増築計画、建て替え計画の計画策定前に草津町に対して前記特別の事情が存することを明らかにした書面を提出して、事前協議をするものとする。
5 景観形成推進区域(周辺住宅区域、リゾート区域、環境住宅区域、高原区域、遠望景観区域)
6 現状の高さ制限:「地上6階以下を原則とする。」
7 改正の高さ制限:「地上6階以下を原則とする」ただし、既存不適格建築物については、この限りではない。
8 註)建築物の高さに関する景観形成基準の適用について、既存不適格建築物の増築、建て替えに際しては、地上6階以下を原則とする。ただし、既存不適格建築物の区分所有者の所有権を侵害する等特別の事情がある場合には、適用しないことができる。この場合において、増築計画、建て替え計画の計画策定前に、草津町に対して前記特別の事情が存することを明らかにした書面を提出して、事前協議をするものとする。
ここは、解説するまでもありませんね。今回の請願を踏まえて、景観ガイドラインの変更がされました。詳しくは本文をご覧ください。
第五、「景観法施行以前の建築物の高さを認める理由」
1 法律不遡及の原則があります。新しくできた法律をさかのぼって適用しないとするもので、それにより刑罰を受けたり、財産権の侵害や不利益を被らせてはならないとするものです。
2 既存建物の高さは眺望権としての価値、総面積は重要な固定資産です。法治国家の一員として草津町だけの独自規制はできません。
3 現実論として、既存大型ホテルやリゾートマンションに6階の規制をかけたら容積率不足による同規模の建て替えが不可能になることが想定され、ほかの温泉地でよく見られる廃墟化したホテル、マンションが将来草津町内にも出現するようになるでしょう。また、既存ホテル、マンションの資産価値が大幅に下がり金融機関が評価する担保価値を下げることにもなるでしょう。
4 都市計画(まちづくり)は、目先だけを見るのではなく100年先を見て行わなければなりません。
5 町の広報に書き入れる内容ではないかもしれませんが、ことが、まちづくりの根幹に関わり、尚可且つ、法律論の解釈をゆがめておりますのでお知らせに至った次第です。
第5は既存建物の高さ制限を認める理由です。確かに既存の建物は「あとから適用できない」ということは理解できます。お金にかかわる話なので、リスクは取りたくないということでしょう。
100年先を見据えた「まちづくり」が必要と言いますが、現実は資産価値と既得権を守る「まちづくり」と言い換えてもよいかもしれません。わざわざ広報に書き入れる内容ではないと自覚しているなら、そもそも誰も読まない折り込みを町民の税金を使って出す必要はないのではないでしょう。
つまりは、自身の政治的キャリアの存続と権力構造の維持が目的であり、公私混同のと言われても仕方のない誤解を生む内容でしょう。こうした折り込みを毎回見せられる町民の中にはうんざりしている人も多いのではないでしょうか。
草津温泉を抱える県内有数の温泉地では、金が落ちる量に比例して、それを奪い合う権力構造が出来上がっている。土地と金と血縁がものをいう場所。持たざる者は人として扱わないのが、この地域の特色。都会の人はわからないだろうが、権力の行使を人々の生活にダイレクトに介入することができ、気に食わないやつの生活を奪うことも可能。
そうした意味で、草津温泉というのは、とてもエキサイティングなシンシティなのである。その争いは、来年の町長選挙へと続いていく。
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ツキノワグマが草津町内に出没中

草津町周辺は、自然の宝庫、西には白根を抱き、下へ下れば六合村方面には広大な森林が続く野生動物の生息地がある。
カモシカ、狐、狸、ハクビシンや猿などに加え、ツキノワグマの生息地としても知られている。
暖かい季節、つまり冬眠の時期以外は熊の目撃情報もちらほらと聞こえるが、今年は町中にも目撃情報が相次いでいる。
熊の出没状況
https://www.gaccom.jp/safety/area/p10/c426/animal
熊が出没する要因
一般には、熊が山中での食糧不足により人里に降りてきているのが要因とされている。
草津でいえば、令和6年は過去最高と言っても差し支えないくらい夏の暑さが続いており、そのために少し生態系が変化しているのかもしれない。草木に影響が出て章句量不足を招いているという推測も成り立つのではないだろうか。
また、白根のふもと草津町は広大な森林に囲まれており、いわば自然の中にできた温泉の湯だまりにできたような場所であるから、熊の生息地が先にあり、その中に草津の町が発展したというような地形となっている。
熊以外にも、先にあげた野生動物は町中でも頻繁に見かける。
熊以外でも注意しなければいけない危険生物
熊以外でも、夏場に注意しなければいけない危険生物と言えば、ハチである。特に今年は、夏が厚かったためにオオスズメバチ、黄色スズメバチなどが発生しやすくなっており、刺された人も少なくない。
家の軒やちょっとした茂みに巣を作るためハチの巣に気づくことが遅れ、ハチのテリトリーに侵入すると攻撃をされてしまう。
ハチの毒は複数の毒から構成されており、主に神経をマヒさせる神経毒と血液の赤血球を破壊する血液毒があげられます。
神経毒は筋肉の収縮を起こし、神経伝達を阻害する。そのため心臓発作やけいれんを引き起こします。
血液毒は溶血作用により、赤血球が破壊され、血圧低下、呼吸困難を引き起こします。
また、アレルギーの過剰反応と知られるアナフィラキシーショックにより重症化すると脂肪にまで至るケースもあります。
熊やハチから身を守るためには
とにかく、近づかないことが最優先になります。クマにおいては出没しそうな場所にはとにかくいかない、もし行くのであればクマよけ鈴などを持ち、複数人で警戒しながら行くのが良いでしょう。
ハチにおいては、羽音を聞いたら周辺を確認しもし、ハチが一匹でも見つかったら近くに巣がある可能性を考えましょう。そしてもし発見したならば、決して近寄らずゆっくりと逃げることです。もしハチ用の殺虫剤を所持していても決して自分で処理せずに町や業者に連絡をして処理してもらうようにしましょう。
地球温暖化により、草津の町も年々平均気温が高くなっています。クマやハチなどに合わないように準備はしておくのがおすすめです。
がんばろう観光地!コンサート、この折り込みは・・・
草津在住の町民、一人でコンサートを主催
今月の10月15日(日)、草津の森コンサートホールにて無料のコンサートが開催された。下のビラはその告知がされたものであるが、元デュークエイセスの大須賀ひでき氏を招いて、永六輔の曲なかでも温泉を題材にした名曲「いい湯だな」の演奏を行うというものだ。
このコンサートは草津町の一町民が、草津を応援しようと開いたコンサートであるが、しかし、一町民が勝手に開けるものではない。資金力もさることながら、町の許可や政治的な力なども影響する。
そしてこのコンサートのビラが新聞に折り込まれると同じくして、下の二枚も同時に署名付きで折り込まれた。
ただ単にコンサートの告知だけなら一枚の折り込みで十分役割を果たすだろうが、下の二枚を追加して、草津で今最も知名度があるであろう元町議の新井祥子の話題と地方公務員法の服務規定を持ち出して役場職員、町議会、町長の批判をしているのか。なぜここまでしなければならないのか、またこの町民は何者なのか。このことを考察していきたいと思う。

草津の森コンサートホールというのは、草津の町の山側のところに位置し、実質的に町の運営で成り立っているホールである。
ここは由緒正しい歴史があり、前の天皇、皇后両陛下が毎夏、クラシックコンサートの開催に合わせてお越しいただいていた。これは皇后陛下のご友人との約束を果たすためであり、これは譲位をされるまで欠かさずご覧になられていた。また、このクラッシックコンサートは、若手の演奏の披露の場でもあり、これから音楽の未来をつないでいく人材を育成し行く場としても大変重要な地である。
そのためこの場所を借りることは、何かしらの理由が必要であり、ハイ貸しますではないことは一つ留意しておく点であろう。
主催者の人物像
このコンサートの開催にとどまらず、この主催者は永六輔作曲の「いい湯だな」を広める活動を行っていた。全国の温泉地に、歌詞に出てくる有名温泉地に「いい湯だな」を公認の歌として広める活動をしているようだ。
そのためもあり、主催者は現在、隣の嬬恋村から草津町へ移住してきている。ただ、嬬恋村でも何かトラブルがあったようで、草津へきても頻繁に役場へ連絡をしたり、町議会議員全員へ電話をかけまくっているという。
また、町役場でもオフレコながら、要注意人物として取り扱われているそうだ。いわゆるうるさ型の住人。悪く言えばクレーマー気質があると思われている人物で、自分の主張を通そうとする押しの力が強く、話が長く、主張がわかりにくいことから人の好き嫌いが分かれるそうだ。
下の文章をご覧いただければ、想像はつくと思うが、文体にもそうした特徴が見て取れる。


記事には何が書かれているのか
この記事の読みづらさから、目を通す人、ましてや内容を細かく理解できる人は、おそらくいないし、したくもないと思うので要約をすると、
- 役場での職員の対応に不満を持っている。
- 反町長派には投票をしていないが、町長のトップダウンのやり方には不満。
- 温泉行政に対して一家言持っている。独自の視点を持っている。
- 議会・町政に対して不満を持っている。
もう少し内容をまとめていくと、
役場職員は公務員の服務規定があり、それは全体の奉仕者でなければ、地方公務員であってはならないと規定しているとし、これに違反すると町長の個人的秘書としての扱いとなる。
つまり、今の草津役場の職員が、黒岩町長の命令を聞くだけのイエスマンであれば、全体の奉仕者ではなく、それは懲罰に値する。
また、黒岩町長が特定主権者を優遇し、他の主権者を排除しようとし場合には、職員は服務規程違反だし、町長は全体の奉仕者ではなく、地方公務員法違反になる。
これは公明党の「公聴部」の先生と何十回と確認しているという。そのつながりで、国土交通大臣から令状を貰ったり、いい湯だなの国際版3種の貸し出しを許可してもらい、公明党党首にもお礼状を持参したりした。
元町議の新井祥子とライターの飯塚玲士氏の事件は転入前で知らなかったが、調べてみたら、嘘だとわかり、解任に賛成票を投じたが、それで落ち着くと思ったら、町長が「訴えるなら訴えてみろ」という折り込みをして批判した。こんなバカなことは嬬恋村村長なら法学部出身だからやらない。新井氏の弁護士に反撃されたらどうすんだ。それで意見を町の職員や町議に行ったら、町長が決めたことだからで相手にしてもらえず。
時間湯の湯長制度が廃止になったのは、法改正して責任が町長に及ぶからなくしただけ。
こうした意見を心配して言っているのに反町長派だといわれるのは納得していない。こんなことをしていたら、草津に若者は集まらない。
この記事において、書いた本人は正しいことを言っていて間違ってはいないと思っているだろう。
この主催者が町からどのような扱いや対応を受けていたのか詳細にはわからない。何か嫌なことをされたりしたのだろうか。逆に何かやなことも職員にしたとも考えられる。
しかし、いずれにせよ町の職員、町長、町議、そして新井、飯塚両氏すべてを批判している。町の職員などは町の住人でもあり、町全体への批判として受け取られるのではないかとの考えは及んでいないようだ。確かに、町長は公務員の人事権を持ち、草津町においては、黒岩町長の一強体制で、逆らうことは言動すら許されないし、特定主権者を優遇し、ほかの主権者を排除する動きがあったと本人は感じているから、このように主張することも理解できなくはない。
一般的に地方の町では、多かれ少なかれ誰かを優遇するということが行われているということも耳にする。
だからと言って全体にケンカを売るような折り込みを出して、敵を作ることが得策なのだろうか。もし自分の主張が正論であるとして、それが通じないとしてもそれはいろいろな事情があったりするだろう。そのあたりは考慮できなかったかと思う。
そして、もっと深い謎が、なぜこのような記事を書いて、コンサートホールを借りてコンサートができたかということだ。
可能性としてバックに町を超えたより大きな権力を持っているということ。記事にも公明党の党代表とも面識があるところから学会員かもしれないし、公明党の力を借りたのかもしれない。
また、コンサートホールを貸切るだけの豊富な資金力も持ち合わせているかもしれない。コンサートホールを借りるには結構な賃貸料を払うという話がある。その額は100万単位といううわさもある。
先に述べた通り、由緒正しいホールなのでそれなりの額は払っていそうである。そしてその資金はどこから出たのであろうか。
また、草津の町にも支援者がいなければ、ここまで役場から嫌われている人物にホールを貸すだろうか。地縁血縁の強い町なのでもしかしたら地元の支援者がいるかもしれない。ただ単にうるさいから貸すといったことも考えられるが、ちょっと想像しづらい。
いづれにせよ。コンサートを開いて草津町を盛り上げようとすること自体はよいことだと思うが、合わせてこうした折り込みをするというのは、ちょっと特殊な事情が草津町にはあるような気がする。
そして、相も変わらず草津町は日本一新聞折り込みが好きな町であるということだ。
草津町の時間湯問題、裁判和解で流れはどうなる?!
なおも燻る時間湯の問題。元湯長の裁判和解で流れが変わるのか。
時間湯廃止を巡る争いでさらなる動きがありました。この度、上毛新聞の記事が名誉棄損に当たるとして裁判で争っていた件で和解が成立したとの報告が町に出ました。
和解内容はどういったものか
上毛新聞が報じた『草津時間湯から伝統湯に』の記事の中で湯長による経費の不正使用などが判明したとする記載が湯長による経費の使用に違法性があるように受け取れる表現であることを認め、謝罪したといいます。
この裁判結果により、時間湯の経費においてその使用は違法性はないのではとの判断が、今回の司法の場では判断されたとは時間湯側の主張です。
もともと経費の不正使用などは、黒岩町長は議会で不透明と言いつつ、不正があった可能性があるとの言動を繰り返し発言していることから、それを受けての上毛新聞の記事という流れが見て取れます。
上毛新聞が議会での発言によるものを真に受けてかいたのか、あるいは誰かの意向が働いたのか。結果としては、和解とはいっても、勝訴に近い判決がでました。



この和解を受けて、草津町に入った折り込みが、時間湯を擁護、町長に謝罪を要求する文章です。この文章では、和解が成立=議会での発言が間違い=謝罪という論をはっています。
そして、流れの中で、時間湯の湯長制度が廃止になったのは、町長の町の再開発にとって邪魔な存在が時間湯であることから、それを潰すために仕組まれたもので、実際のところ開発の過程で、湯長室が邪魔になりだったら湯長制度をなくせば湯長室はいらないよねという流れで時間湯の廃止までつながったという、もともとの原因は町長の開発を推し進めるやり方にあると主張した。また、議会での不正経理、医師法違反などはすべてこの湯長室を潰すための後付の理由であり、本質は町長の政策の障害となる時間湯排除ありきの行動であったと批判しています。
また、時間湯の価値、文化的な側面の損失は、今起こっている温泉文化の世界遺産登録にも影響しかねないと訴えています。ほかにも現状湯治客がまともに湯治ができていないことにも触れています。
町長の反応




対する黒岩町長も反撃の折り込みを発表しました。
しかし、文章量が多く、既出の内容が多いため、多くを詳細には書きませんが、基本的には正義は町長にあるとの主張です。
裁判には町長はかかわっていないけれど、自分が出たなら絶対勝つ、勝つまで争うと主張しています。
不正会計は不透明といっただけで間違った発言はしていない。そうしながらも疑惑がある、不正経理の問題、入湯者数のことを列挙して批判を展開しています。以下主な言い分を書き出します。
- 新井祥子氏と差靴の闇の著者である飯塚氏を時間湯擁護のために仕掛けた。
- もともとトイレを地蔵堂の横に移そうなんてとんでもない話。
- 医師の久保田氏の論を引用して、高温浴の批判。
- 時間湯の商標登録の問題
- 毎日新聞への記者へのインタビューを掲載したことへの批判。
などなど
また、自身の名誉のために法廷で争う姿勢も見せています。詳しくは折り込みの内容を見て確認してもらいたいですが、内容は既出の部分も多く、分かりにくい表現、事情を知らない人が見ると何のことだかさっぱりわかない点は、致し方ないことは留意してください。
しかし、この文章整合性にも疑問が残ります。
経費の不正使用はわからない。
結局議会では不正はあったか定かではないと町長は言っていますが、町長が言う記事が言い換えであるならば、より不正はなかったはずのほうに傾きますが、自分が出れば絶対勝つとしています。
ならば不正使用はあったと主張しているようなもので折り込みもそう書いてあります。
不正はあったと具体例を出しているでは、なぜ不透明で調べようがなら、あったと書くのはおかしいのではとも思います。調べようがないなら不正があったわけではなく、新聞記事が行き過ぎているという結果になったのだから、整合性に欠くかという印象です。
この騒動の問題は、違反の可能性が発覚したからと言いつつ、問題については開発が絡んでいるということを町長は認めています。地蔵区の開発で争っていたことは事実のようで、その過程でトイレの問題、そして毎日新聞へのリークがあったことで決定的な溝が生まれたようです。
それ以外は、特に目新しいものはなく、新井氏の問題、飯塚氏の問題もすべて時間湯のせい、湯治客が来なくなったのも時間湯のせい、就職あっせんは名誉棄損。訴えるなら訴えてみろ、堂々と受けて立つといつもの主張を繰り返しています。
今後も続くであろうことの本質
この問題は、時間湯を守りたい側と時間湯を排除したい側の争いの様相を呈していますが、本質的な部分がかけている気がします。
つまり、時間湯の伝統を残しているのであれば、町長のしている伝統湯は支持を受けると思いますが、残念ながら調べてもそんな話は一向に聞こえてきません。
むしろ、湯治としての伝統湯は、地蔵の湯が廃止となり、千代の湯の評判も芳しくはありません。
医学的な根拠を残した伝統ならば、その伝統により湯治客が増えていてもおかしくはありませんが、そんな評判は聞こえてきません。
湯治客は今の伝統湯には、興味を持っていないようです。湯治ができないのか、お湯の質が悪くなったのかは定かではありませんが、少なくとも湯治環境が整っていれば、町長を支持する側につくでしょうが、なかなかその部分ではまだ評判は聞こえてきません。
町長はそれは時間湯の策謀だと言っていますが、伝統湯に変わり時間はたっています。信頼を取り戻すための時間は十分あったのに結果が出ていないという印象です。
改革という名のもとに時間湯を解体して再構築しましたが、当時客には無視されていたのでは、これは明らかに町長に分が悪いのでは?
いくら法がというが、法に則りつつさらにお客を満足させる方策を考えるのが筋であって、時間湯問題がくすぶり続けているのは、今の伝統湯に人気がないことに原因があると思われます。
町長の勝ったは、自分は間違っていないとすることが目的となり、肝心の結果が出ていない以上、本質的には、この改革は失敗であったと言わぜるを得ません。
なによりも、当時客がつらい思いをしているという声には町長側は、これまでも一切の反応を示していません。
町長の間違いではないは、町長にとっての問題であり、入湯者が湯治ができない点については、全く考慮していないというのが印象であり、その改善が今後求められるところだと思います。
温泉文化登録と逆行する草津温泉。答えは見つかるのか。
群馬県の進める温泉文化のユネスコ登録
近頃、日本の温泉地において、日本の温泉文化を世界に発信しようという機運が高まっている。インバウンド需要を見込んでの世界へのアピールであり、温泉(ONSEN)
という日本独特の文化、風習をもっと世界の人に知ってもらい日本に来てもらおうとする狙いもある。
日本は言わずもがな世界でも有数の温泉大国である、ほぼ全国に温泉地があり、船室も幅広く存在する。
その入浴の仕方も世界の入り方とは異なり独自の文化を形成してきた。
そのような中、日本の温泉をユネスコの無形文化遺産に登録しようという動きが活発になっている。この無形文化遺産とはどのようなものか、そして温泉が登録されるにはどのような点が問題になるか。そのあたりを考えていこうと思う。
日本の温泉文化をユネスコ無形文化遺産登録へ向けた日本温泉協会の取り組み | 日本温泉協会
「無形文化遺産の保護に関する条約」(無形文化遺産保護条約)は,グローバリゼーションの進展や社会の変容などに伴い,無形文化遺産に衰退や消滅などの脅威がもたらされるとの認識から,無形文化遺産の保護を目的として,2003年のユネスコ総会において採択された。この条約によって,世界遺産条約が対象としてきた有形の文化遺産に加え,無形文化遺産についても国際的保護を推進する枠組みが整った。条約の策定段階から積極的に関わってきた日本は,2004年にこの条約を締結した。
この条約においては,口承による伝統及び表現,芸能,社会的慣習,儀式及び祭礼行事,自然及び万物に関する知識及び慣習,伝統工芸技術といった無形文化遺産について,締約国が自国内で目録を作成し,保護措置をとること,また,国際的な保護として,「人類の無形文化遺産代表的な一覧表」や「緊急に保護する必要がある無形文化遺産の一覧表」の作成,国際的な援助などが定められている。
文化庁HPより
世界的文化価値の高い文化、自然遺産を消滅や衰退から国連のユネスコの提唱により各国で保護していきましょうということで、この世界資産の保護の条約に加盟した国が登録の対象となる。
つまり
伝統として守ってきた人の生活様式に根差した行動を守りましょうということだ。
日本での無形文化遺産
では日本ではどのような伝統が、ユネスコの文化遺産に登録されているのか。いかにリストがあるので参照されたい。
代表一覧表に登録された我が国の無形文化遺産
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(構成/石州半紙,本美濃紙,細川紙) |
2014年 |
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2016年 |
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2018年 |
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(提案概要)(73.9KB) |
2020年 |
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(提案概要)(159KB) |
- 伝統芸能
- 祭祀
- 風習
- 伝統工芸
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多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重
四季のある日本には様々な新鮮な食材に恵まれており、その食材を生かす技術も発達維している。
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健康的な食生活を支える栄養バランス
一汁三菜は理想的な栄養バランス。動物性資質の少ない食事は長寿や肥満防止に役立っている。
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自然の美しさや四季の移ろいの表現
四季折々の季節感を表現することも特徴の一つです。季節に合った調度品と器を用意することもします。
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正月などの年中行事とのかかわり
温泉は世界遺産に登録されるのか
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多様な泉質、源泉を誇る日本。
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日本人の健康に大きくかかわってきた湯治文化を擁する日本
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四季を通じて楽しめる温泉の入浴方法
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年中行事や縁起としての温泉
群馬県で足を引っ張る草津温泉
群馬の誇る日本一の名湯。草津温泉にはかつて時間湯と呼ばれる湯治に特化した入浴法がありました。これは高温の湯に3分つかることを一日3回ないし4回を繰り返すことでお湯の恩恵を得て、病をいやす方法でした。近年、黒岩町長の政策変更によりこの独自文化である時間湯は、形だけを維持した観光用のお湯となり、実際の効能や入浴法は完全になくなりました。
これは、ユネスコの無形文化遺産の登録の目玉を書くこととなりました。
温泉文化の要件である。日本人の健康を支える湯治としての意義を失い。さらには温泉祭りにおける祭祀においても、時間湯は宗教染みているという考えから、地元の白根神社を祭った神棚も廃止してしまいました。
こうなると草津では、温泉における独自文化は湯もみだけということになりますが、草津の湯もみも時間湯から発祥したものであり、湯治の湯もみの伝統は、消されたままです。
このあたりが実はユネスコの無形遺産の目玉だとなるはずだったのですが、温泉地の長が自ら、登録に反対するような政治的決断をしてしまったことが、ここへきて最大のネックとなってしまいました。
文化的価値をアピールすることが登録への近道
草津温泉については、湯量も豊富で、泉質がよいことで有名ですが、こと文化的な側面での整備というのがおろそかになっている印象があります。観光客が多い分どの宿に誘客するか、どのくらい儲けられるかと経済面ばかりが優先されて、歴史や文化を大切に保存するという意識が低いように感じます。ユネスコの温泉文化の登録に関しても登録すれば、どのくらい誘客できるかとの観点でしかものを考えない意識が見て取れます。
本当にユネスコの登録を目指すならば、温泉の本質的な良さを保持しつつ、日本としての独自文化を残す政策をとっていかなければと思います。
