がんばろう観光地!コンサート、この折り込みは・・・

  草津在住の町民、一人でコンサートを主催

 

 今月の10月15日(日)、草津の森コンサートホールにて無料のコンサートが開催された。下のビラはその告知がされたものであるが、元デュークエイセスの大須賀ひでき氏を招いて、永六輔の曲なかでも温泉を題材にした名曲「いい湯だな」の演奏を行うというものだ。

 このコンサートは草津町の一町民が、草津を応援しようと開いたコンサートであるが、しかし、一町民が勝手に開けるものではない。資金力もさることながら、町の許可や政治的な力なども影響する。

 そしてこのコンサートのビラが新聞に折り込まれると同じくして、下の二枚も同時に署名付きで折り込まれた。

 ただ単にコンサートの告知だけなら一枚の折り込みで十分役割を果たすだろうが、下の二枚を追加して、草津で今最も知名度があるであろう元町議の新井祥子の話題と地方公務員法の服務規定を持ち出して役場職員、町議会、町長の批判をしているのか。なぜここまでしなければならないのか、またこの町民は何者なのか。このことを考察していきたいと思う。

 

 

 草津の森コンサートホールというのは、草津の町の山側のところに位置し、実質的に町の運営で成り立っているホールである。

 ここは由緒正しい歴史があり、前の天皇、皇后両陛下が毎夏、クラシックコンサートの開催に合わせてお越しいただいていた。これは皇后陛下のご友人との約束を果たすためであり、これは譲位をされるまで欠かさずご覧になられていた。また、このクラッシックコンサートは、若手の演奏の披露の場でもあり、これから音楽の未来をつないでいく人材を育成し行く場としても大変重要な地である。

 そのためこの場所を借りることは、何かしらの理由が必要であり、ハイ貸しますではないことは一つ留意しておく点であろう。

 

 主催者の人物像

 このコンサートの開催にとどまらず、この主催者は永六輔作曲の「いい湯だな」を広める活動を行っていた。全国の温泉地に、歌詞に出てくる有名温泉地に「いい湯だな」を公認の歌として広める活動をしているようだ。

 そのためもあり、主催者は現在、隣の嬬恋村から草津町へ移住してきている。ただ、嬬恋村でも何かトラブルがあったようで、草津へきても頻繁に役場へ連絡をしたり、町議会議員全員へ電話をかけまくっているという。

 また、町役場でもオフレコながら、要注意人物として取り扱われているそうだ。いわゆるうるさ型の住人。悪く言えばクレーマー気質があると思われている人物で、自分の主張を通そうとする押しの力が強く、話が長く、主張がわかりにくいことから人の好き嫌いが分かれるそうだ。

下の文章をご覧いただければ、想像はつくと思うが、文体にもそうした特徴が見て取れる。

 

 

 記事には何が書かれているのか

 

 この記事の読みづらさから、目を通す人、ましてや内容を細かく理解できる人は、おそらくいないし、したくもないと思うので要約をすると、

 

  •  役場での職員の対応に不満を持っている。
  •  反町長派には投票をしていないが、町長のトップダウンのやり方には不満。
  •  温泉行政に対して一家言持っている。独自の視点を持っている。
  •  議会・町政に対して不満を持っている。

 

 もう少し内容をまとめていくと、

役場職員は公務員の服務規定があり、それは全体の奉仕者でなければ、地方公務員であってはならないと規定しているとし、これに違反すると町長の個人的秘書としての扱いとなる。

 つまり、今の草津役場の職員が、黒岩町長の命令を聞くだけのイエスマンであれば、全体の奉仕者ではなく、それは懲罰に値する。

 また、黒岩町長が特定主権者を優遇し、他の主権者を排除しようとし場合には、職員は服務規程違反だし、町長は全体の奉仕者ではなく、地方公務員法違反になる。

 これは公明党の「公聴部」の先生と何十回と確認しているという。そのつながりで、国土交通大臣から令状を貰ったり、いい湯だなの国際版3種の貸し出しを許可してもらい、公明党党首にもお礼状を持参したりした。

 元町議の新井祥子とライターの飯塚玲士氏の事件は転入前で知らなかったが、調べてみたら、嘘だとわかり、解任に賛成票を投じたが、それで落ち着くと思ったら、町長が「訴えるなら訴えてみろ」という折り込みをして批判した。こんなバカなことは嬬恋村村長なら法学部出身だからやらない。新井氏の弁護士に反撃されたらどうすんだ。それで意見を町の職員や町議に行ったら、町長が決めたことだからで相手にしてもらえず。

 時間湯の湯長制度が廃止になったのは、法改正して責任が町長に及ぶからなくしただけ。

 こうした意見を心配して言っているのに反町長派だといわれるのは納得していない。こんなことをしていたら、草津に若者は集まらない。

 

 この記事において、書いた本人は正しいことを言っていて間違ってはいないと思っているだろう。

この主催者が町からどのような扱いや対応を受けていたのか詳細にはわからない。何か嫌なことをされたりしたのだろうか。逆に何かやなことも職員にしたとも考えられる。

しかし、いずれにせよ町の職員、町長、町議、そして新井、飯塚両氏すべてを批判している。町の職員などは町の住人でもあり、町全体への批判として受け取られるのではないかとの考えは及んでいないようだ。確かに、町長は公務員の人事権を持ち、草津町においては、黒岩町長の一強体制で、逆らうことは言動すら許されないし、特定主権者を優遇し、ほかの主権者を排除する動きがあったと本人は感じているから、このように主張することも理解できなくはない。

 一般的に地方の町では、多かれ少なかれ誰かを優遇するということが行われているということも耳にする。

 だからと言って全体にケンカを売るような折り込みを出して、敵を作ることが得策なのだろうか。もし自分の主張が正論であるとして、それが通じないとしてもそれはいろいろな事情があったりするだろう。そのあたりは考慮できなかったかと思う。

 

 そして、もっと深い謎が、なぜこのような記事を書いて、コンサートホールを借りてコンサートができたかということだ。

 可能性としてバックに町を超えたより大きな権力を持っているということ。記事にも公明党の党代表とも面識があるところから学会員かもしれないし、公明党の力を借りたのかもしれない。

 また、コンサートホールを貸切るだけの豊富な資金力も持ち合わせているかもしれない。コンサートホールを借りるには結構な賃貸料を払うという話がある。その額は100万単位といううわさもある。

 先に述べた通り、由緒正しいホールなのでそれなりの額は払っていそうである。そしてその資金はどこから出たのであろうか。

 また、草津の町にも支援者がいなければ、ここまで役場から嫌われている人物にホールを貸すだろうか。地縁血縁の強い町なのでもしかしたら地元の支援者がいるかもしれない。ただ単にうるさいから貸すといったことも考えられるが、ちょっと想像しづらい。

 いづれにせよ。コンサートを開いて草津町を盛り上げようとすること自体はよいことだと思うが、合わせてこうした折り込みをするというのは、ちょっと特殊な事情が草津町にはあるような気がする。

 

 そして、相も変わらず草津町は日本一新聞折り込みが好きな町であるということだ。