なおも燻る時間湯の問題。元湯長の裁判和解で流れが変わるのか。
時間湯廃止を巡る争いでさらなる動きがありました。この度、上毛新聞の記事が名誉棄損に当たるとして裁判で争っていた件で和解が成立したとの報告が町に出ました。
和解内容はどういったものか
上毛新聞が報じた『草津時間湯から伝統湯に』の記事の中で湯長による経費の不正使用などが判明したとする記載が湯長による経費の使用に違法性があるように受け取れる表現であることを認め、謝罪したといいます。
この裁判結果により、時間湯の経費においてその使用は違法性はないのではとの判断が、今回の司法の場では判断されたとは時間湯側の主張です。
もともと経費の不正使用などは、黒岩町長は議会で不透明と言いつつ、不正があった可能性があるとの言動を繰り返し発言していることから、それを受けての上毛新聞の記事という流れが見て取れます。
上毛新聞が議会での発言によるものを真に受けてかいたのか、あるいは誰かの意向が働いたのか。結果としては、和解とはいっても、勝訴に近い判決がでました。



この和解を受けて、草津町に入った折り込みが、時間湯を擁護、町長に謝罪を要求する文章です。この文章では、和解が成立=議会での発言が間違い=謝罪という論をはっています。
そして、流れの中で、時間湯の湯長制度が廃止になったのは、町長の町の再開発にとって邪魔な存在が時間湯であることから、それを潰すために仕組まれたもので、実際のところ開発の過程で、湯長室が邪魔になりだったら湯長制度をなくせば湯長室はいらないよねという流れで時間湯の廃止までつながったという、もともとの原因は町長の開発を推し進めるやり方にあると主張した。また、議会での不正経理、医師法違反などはすべてこの湯長室を潰すための後付の理由であり、本質は町長の政策の障害となる時間湯排除ありきの行動であったと批判しています。
また、時間湯の価値、文化的な側面の損失は、今起こっている温泉文化の世界遺産登録にも影響しかねないと訴えています。ほかにも現状湯治客がまともに湯治ができていないことにも触れています。
町長の反応




対する黒岩町長も反撃の折り込みを発表しました。
しかし、文章量が多く、既出の内容が多いため、多くを詳細には書きませんが、基本的には正義は町長にあるとの主張です。
裁判には町長はかかわっていないけれど、自分が出たなら絶対勝つ、勝つまで争うと主張しています。
不正会計は不透明といっただけで間違った発言はしていない。そうしながらも疑惑がある、不正経理の問題、入湯者数のことを列挙して批判を展開しています。以下主な言い分を書き出します。
- 新井祥子氏と差靴の闇の著者である飯塚氏を時間湯擁護のために仕掛けた。
- もともとトイレを地蔵堂の横に移そうなんてとんでもない話。
- 医師の久保田氏の論を引用して、高温浴の批判。
- 時間湯の商標登録の問題
- 毎日新聞への記者へのインタビューを掲載したことへの批判。
などなど
また、自身の名誉のために法廷で争う姿勢も見せています。詳しくは折り込みの内容を見て確認してもらいたいですが、内容は既出の部分も多く、分かりにくい表現、事情を知らない人が見ると何のことだかさっぱりわかない点は、致し方ないことは留意してください。
しかし、この文章整合性にも疑問が残ります。
経費の不正使用はわからない。
結局議会では不正はあったか定かではないと町長は言っていますが、町長が言う記事が言い換えであるならば、より不正はなかったはずのほうに傾きますが、自分が出れば絶対勝つとしています。
ならば不正使用はあったと主張しているようなもので折り込みもそう書いてあります。
不正はあったと具体例を出しているでは、なぜ不透明で調べようがなら、あったと書くのはおかしいのではとも思います。調べようがないなら不正があったわけではなく、新聞記事が行き過ぎているという結果になったのだから、整合性に欠くかという印象です。
この騒動の問題は、違反の可能性が発覚したからと言いつつ、問題については開発が絡んでいるということを町長は認めています。地蔵区の開発で争っていたことは事実のようで、その過程でトイレの問題、そして毎日新聞へのリークがあったことで決定的な溝が生まれたようです。
それ以外は、特に目新しいものはなく、新井氏の問題、飯塚氏の問題もすべて時間湯のせい、湯治客が来なくなったのも時間湯のせい、就職あっせんは名誉棄損。訴えるなら訴えてみろ、堂々と受けて立つといつもの主張を繰り返しています。
今後も続くであろうことの本質
この問題は、時間湯を守りたい側と時間湯を排除したい側の争いの様相を呈していますが、本質的な部分がかけている気がします。
つまり、時間湯の伝統を残しているのであれば、町長のしている伝統湯は支持を受けると思いますが、残念ながら調べてもそんな話は一向に聞こえてきません。
むしろ、湯治としての伝統湯は、地蔵の湯が廃止となり、千代の湯の評判も芳しくはありません。
医学的な根拠を残した伝統ならば、その伝統により湯治客が増えていてもおかしくはありませんが、そんな評判は聞こえてきません。
湯治客は今の伝統湯には、興味を持っていないようです。湯治ができないのか、お湯の質が悪くなったのかは定かではありませんが、少なくとも湯治環境が整っていれば、町長を支持する側につくでしょうが、なかなかその部分ではまだ評判は聞こえてきません。
町長はそれは時間湯の策謀だと言っていますが、伝統湯に変わり時間はたっています。信頼を取り戻すための時間は十分あったのに結果が出ていないという印象です。
改革という名のもとに時間湯を解体して再構築しましたが、当時客には無視されていたのでは、これは明らかに町長に分が悪いのでは?
いくら法がというが、法に則りつつさらにお客を満足させる方策を考えるのが筋であって、時間湯問題がくすぶり続けているのは、今の伝統湯に人気がないことに原因があると思われます。
町長の勝ったは、自分は間違っていないとすることが目的となり、肝心の結果が出ていない以上、本質的には、この改革は失敗であったと言わぜるを得ません。
なによりも、当時客がつらい思いをしているという声には町長側は、これまでも一切の反応を示していません。
町長の間違いではないは、町長にとっての問題であり、入湯者が湯治ができない点については、全く考慮していないというのが印象であり、その改善が今後求められるところだと思います。