武漢ウイルスは口実なのか。共同浴場の町外者の利用規制の本音。

 

 温泉地は観光客にやさしいか。

 

 緊急事態宣言が群馬県においても解除がなされ、草津の町も少しづつ以前の生活を再開するようになってきた。

 6月1日からは道の駅や旅館、ホテルや飲食店が営業をまた始め出している。しかし、依然として武漢ウイルスの脅威は払しょくできずにいる。

 また、お客が戻るのはいつになるかわからない。年内いっぱいはだめであろうという声も聞こえてくる。

 草津では五月末から10万円の給付金の支給が始まり、困っている人にとってはようやく一息つけることとなったが、全国でみると特に都心部ではまだ申込書の送付もままならない状態と聞くので苦しい時期がまだまだつづく見込みだ。都心部ではオンライン申請で混乱が起きているようだが、郊外は殆どが紙ベースでの申請で人数も少ないことから振込はスムーズに行なえているようだ。

 

 日本の1-3月期のGDP速報値は-3.1%で、前期の10月ー12月期の-7.1%を合わせると-10%越えのマイナス成長になる。

 これは、10%の消費税引き上げによる経済のダメージに加え、中国が世界中に広めた武漢ウイルスによるパンデミックが原因である。

 

 日本においては単なる経済危機ではなくそもそも消費税増税による経済の落ち込みにウイルスの被害が拍車をかけた形になる。リーマンショック時と違うのは実体経済に深刻なダメージがあり、先行きの不安感から需要、供給ともに下降をたどることが予想されている。

 緊急事態宣言になった4月-6月期の速報は8月ごろに発表されるのでそのころのGDP数値というのはとんでもない下落となり今年いっぱいどころか来年再来年にも影響が出るであろう。

 

 さて、先行きに暗雲立ち込める状況のなか草津温泉においては観光業を主産業として成り立つ町を作ってきたのでそのダメージはダイレクトに来ている。

 

 草津の4月の入り込み客数は44560人で前年同月の15.93%となっている。自粛要請でほとんど動かなかった5月の数値はこれからだが、更なる落ち込みが予想される。緊急事態宣言家の町はかつて見なかったほど閑散としていた。人通りもほとんどなく、車も地元ばかり。

 

 そのような状況下で目についた出来事がある。草津温泉の町中には、地元民と観光客が無料で入れる共同の入浴場がある。コロナ以前では一部の湯を除き、草津を訪れた人なら誰でも利用できるようになっている。

 ただ湯畑周辺の湯は誰でも入れるが、湯畑を離れた共同浴場は地元の人の生活の湯という側面が強く、地元以外の人が入浴するといい顔をしなかったり、入っても次からは来ないでほしいと言われたりしたという話も聞く。地元の生活圏に属する気持ちがあり、自分たちの風呂という意識が強いのかもしれない。張り紙で町外の人の入湯を遠慮してもらう掲示をしているところもある。

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 そして蔓延の緊急事態宣言中のなか、その状況はさらに厳しいものとなっていた。町で運営している有料の御蓙の湯、西の河原露天風呂、大滝の湯の閉鎖はもちろんのこと、各共同浴場も町外から来た人の入湯を実質禁止していた。さらに町内でも区の範囲を超えての入湯の遠慮を促す掲示も出された。

 

 さすがに日々の生活に密着している共同浴場を閉鎖することはできないが、草津温泉においてもこのような処置が取られる事態に陥ったことにやはり驚きはかくせない。

 

 しかし、同時に危惧も覚えてしまった。確かに武漢ウイルスの被害を防ぐのに革共同浴場の入場制限は必要な処置ではあったと思う。一度蔓延したというニュースが流れてしまえば、観光地にとっては計り知れない大打撃になるだろう。それを防ぐために強度の高い処置を取るのも理解はできる。

 とはいえ、先程も述べだ通り、もともと町外から来た人に対して町民の風呂という意識でこれからも排除をされないかという心配である。つまり町民と町外の人の分断が加速するのではないかと思うのである。(緊急事態宣言が解除された後も一部の共同浴場では町外の入湯を禁じている)

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 草津は以前よりはましにはなったが、物価が高い、接客態度もよろしくない少しお客をバカにしたよな態度を取る商売が成り立っていた。物の値段については山間の地という物流コストの問題もあろうかとは思うが観光地価格とうのがまかり通っていた。物言いがつっけんどんだったり、嫌なら買うなと言うような素振りをしたりする方もいて嫌な印象を与えることもあった。

 そのようなことはないと言う人もいるかもしれないが、接客は相対評価であり、都心部の手厚いホスピタリティを経験している人が来れば草津の商売の仕方は上から目線だと言われてしまうのだ。ちろん昔からすばらしい対応をしている旅館やお店はあったが、批判を受けることろも存在はしていた。

 

 では、こうした意識はどこから来るのであろうか。要因は一つではないと思うがまず考えられるのは、お客は一回限りの出会いであり、特につながりを持たなくてもいいという考え、いうなれば一見主義というものがあるだろう。

 幸か不幸か草津は温泉番付の東の横綱、訪れる客も数十万人の人がいる。多くの人が来て、去ってゆく。そのつながりはその場限りでの接点であり、後はつながりを持たないことがある。観光目的であれば一度来て又来るのは何十年先ということもあるだろう。

 このサイクルがお客は利益をもたらしてくれる対象だが深いかかわりではないため少しおろそかになる面がある。また、地元で商売をする場合優先すべきは周囲の人間との付き合いであり、価格にしても営業の仕方にしても地元の習慣ににならわないと行けないということもあるだろう。

 また働く従業員にしても待遇面は安定せず、景気の落ち込みや客数の変動により勤務に増減があり安定して働ける環境が乏しい、また求人の倍率が他地域より高いため、仕事は渡りあるくものという習慣から定着せず接客の質が落ちる要因になっているのではなかろうか。

 

 こうした商いの習慣は、外部資本が入り、都市部に行った世代が帰ってくることで徐々に変化していきいまでは、少なくはなってきているが、この武漢ウイルスの蔓延における共同浴場の対応を見るとまだ、地元とそれ以外という意識は根強く残っている印象があるし、そもそも共同浴場の入湯制限をしたのは本当に感染防止のためだげだったのかという疑問も出てくる。

 

 では、こうした考え方の何がいけないのかといえば、常に優先されるのは自分たちの利益であるという点、現地に住む人とよそから来た人の区別から分断が生まれ、ゆくゆくは差別につながるという点である。

 

 自己の利益を追求してなにが悪いのかという意見もあるだろうが、その利益を確保するために有利な条件を作り上げ、保護し特定の業者を優遇すると其には公平な経済活動が阻害されることになれば、自由な発展が望めなくなる。新陳代謝が上手くいかなくなれば、やがて衰退し、保護的な要因を物ともしないより強力が外部資本入り込み、やがては草津独自の風土や文化も失われていくことになるだろう。

 

 つまり、何を言いたいかといえば共同浴場一つとってみても、町民と外部のから来た人をコロナを口実に分断を図るのは良くない考えだということである。共同浴場を利用してほしくなければその正当な根拠を示さなければならない、さもなくば観光に生きる町として緊急事態宣言が解除されたいま、誰でも入れるようにすべきであるということだ。

 コロナを口実に人の分断を図ってはいけない。