草津温泉の湯治が死亡しました。

時間湯が終わった件

時間湯の長期湯治は完全終了しました。

令和3年3月31日をもって地蔵の時間湯は完全閉鎖となった。草津の象徴と言われ、長い歴史を誇った湯治文化も為政者のさじ加減で、消え去ることをまざまざと見せつけられる出来事ではないだろうか。
病気を草津の湯で治すというこれまで培われてきた湯治法は唯一無二の世界でも類を見ない日本が誇る伝統文化だったが、地蔵の湯の時間湯が消えることでその文化も歴史も終わってしまった。
もちろん終わらせたのはのは、黒岩信忠町長である。


時間湯とはなんだったのか。

時間湯は草津の伝統的な入浴法で、古くは江戸時代の末期から行われていたという。
それまでは草津には湯治はあったが、確立した方法というのはなかった。
だが、草津の湯の熱さに耐えられる集団での入浴が広まり、
その中、湯治客であったこうように桂燕玉による湯もみが始まり、板で湯を撹拌し湯加減と当たりの調整が進んで行った。

医療制度が整っていない時代には時間湯は医療の補完役として発展し、多くの湯治客が押し寄せ、湯畑を中心にいくつもの時間湯が作られ、それに合わせて湯治宿が軒を連ねた。

そして集団入浴と共に号令と統率をするものが現れた。
それが湯長である。

湯長は各時間湯にいてそれぞれ湯の技術を競争しながら磨いて行った。湯治の手法はもちろん湯もみの技術、湯治客の生活のアドバイス。安全管理。客同士のトラブル解決など、仕事は多岐に渡る。

そして現在まで行われてきた。48度以下、3分限りの入湯法は東大医学部物理療法科と地元の布施医院の研究により出来上がった。
しかし、日本の医療制度の発達と経済成長による生活変化により温泉利用は観光へと向かい湯治は衰退してゆく。

しかし、その効能と独自の入浴法から時間湯は、時代の変化はあれど常に求める客は後を絶たなかった。

特に現代病とも言われる皮膚疾患、免疫疾患の湯治客からは絶大なる指示があり時間湯はいつの時代でもそのニーズに答えるように進化していた。
gair.media.gunma-u.ac.jp
昔の時間湯を詳しく知りたい方は上記リンクを参考にされたい。


黒岩信忠町長の失政。

黒岩町長は去年、薬機法に抵触するとの見解を示し、湯長制度を廃止し、湯温を44度以下とした。
その代わりに時間湯を無料開放して湯もみと入湯は湯治客に任せる形態の新しい時間湯を発表した。

その過程で両湯長に会計不正があるかのように議会で答弁し、時間湯の指定管理者の更新をせず両湯長を事実上首にした。

その後時間湯は去年の4月から無料開放して、千代の湯は新たに管理者を雇い、地蔵は2名以上の入浴とした。

しかし、今回、ついに地蔵の時間湯は客が来ないからということで閉鎖となった。
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つまり町長の時間湯改革は失敗に終わったということだ。


ではなぜ町長の時間湯改革は失敗に終わったのだろうか。

最大の原因は湯治客のニーズを理解していなかった点にあると思う。
湯治客が何を求め、何を欲していなかったかの見極めができなかったことが失策の原因である。
基本的に湯治に来るお客は体を良くしたいと思い草津までその効能と独特の湯治の方法を求めてやってくる。
とはいえ入り方やはもちろんどのような過程で良くなるのか、湯治はどのように行えば良いのか、温泉を使いどのように治していけば良いのかは全く知らない状態で来るだろう。

また、入浴の形は知っていてもどのような過程で病気が改善していくのかも分からない。つまりアドバイスがなければいくら良い湯でも用法が分からないのである。


町長がやったことは病院を無料で解放します。
でも医者はいません。薬は使って結構ですが悪くなってもそれは自己責任ですよ。

さて、そんな病院に行きますかという話である。

答えは明白、それは人が集まらなかったことで証明されている。

もちろん、医療行為云々の話があるというが、今までうまくいってきたシステムを結果、壊してしまったことには変わりない。失敗である。

今後地蔵の時間湯は有料の貸切風呂になるということも聞くが、
それこそ何がしたいのだろうか。伝統を守るのが貸切風呂化だとしたら、迷走しているというしかない。



温泉文化の捉え方。

温泉の入浴は日本が古来から親しんできた文化である。
古くは病や傷を治す薬として、また癒しや健康増進のため、そして観光やレジャーなどで楽しむため、それぞれ目的は違えど温泉を利用する文化と歴史は脈々と伝えられてきた。
草津においても同じで、湯治として、観光としての文化と歴史は繋がってきたわけである。これは一人の為政者が同行できるものではなく草津が育んできた大切な温泉に対する心であろう。
形式的には、湯もみショーや今もなお残る千代の湯の時間湯があるが、本質的な意味において時間湯がいま機能しているとはいいがたい。
温泉文化とは、時代に左右されず、その実質的機能を伴いながら未来に継承していくことが文化であり、それを蔑ろにする行為は文化破壊といっても過言ではない。
また、法律においては様々な解釈があり、ひとつということではない。法律に根差すのは秩序と幸福の実現にあるだろう。誰もが望まず、不幸になる人を作り出す政策では、いくら法律に則るとはいえ、
それが正しいとは限らない。文化の継承はたやすいものではない。そして簡単に壊すものでもない。時間湯が改革されてわずか2年弱で150年の歴史が終焉してしまうのは、どこかの国の文化遺産破壊に見えてしまう。


これからの湯治。

温泉における湯治というものは、観光一辺倒だった温泉利用を見直す機会であり、昨今湯治に注目が集まっている。
ヘルスツーリズムという観点から温泉を利用する形態も増えており今後はコロナの影響の中ますます多様化していくのではないか。
www.npo-healthtourism.or.jp

草津においては、その独自性をもった時間湯が存在していたのだが、それを生かすだけの考え方を持っていないことが惜しまれるところであろう。
しかし、やる気があれば、時間湯という伝統入浴法は価値があるし、草津の文化として世界に誇れるものとなるだろう。